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2008年7月 4日 (金)

宮沢りえちゃんはもっと崇められて良い

ペットボトルのお茶のCMぐらいでしか宮沢りえちゃんを見ないけれど、彼女は今どうしているのだろう。相撲取りと婚約したあたりから、人生下り坂のような感じであるが。いや、婚約解消してからは上り調子だが、婚約した頃のどん底が深すぎた。あのまま結婚していなくて本当に良かった。

さて、今週で関西大学に聴講しに行っていた映像メディア文化論aの講義が終了した。全13回。後は、最終のレポートを書いて提出するのみだ。ネタも決まっているので、文章を構築するだけだ。

最後の講義は、映画の音と音楽について。その場面の雰囲気に合った音楽を流すのは感情移入的、場面と逆の調子の音楽を流すのは非感情移入的。後者は対位法的とも言う。あえて反対を持ってくることで強調づけるわけですな。

その対位法的な音楽の使い方の例としてキューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』の一場面を見た。

この映画は1971年の作品で、キューブリックがSF映画の金字塔『2001宇宙の旅』の次に撮った映画である。自分はこの映画を名古屋の池下にあるミニシアターで見た。もちろん、公開と同時の観賞ではない。名古屋は、古川為三郎氏の地元であることからもわかるとおり、映画には熱い土地である。今はどうか知らないが、自分が『時計』を見た頃はミニシアターが…。

話が逸れた。

この『時計仕掛けのオレンジ』の主人公、アレックスの属する不良グループと、彼らに対立するグループ、ビリーボーイの乱闘場面を、先生は対位法的な音楽の使用例としてチョイス。バックに流れるのはロッシーニ「泥棒カササギ」の序曲。陰惨なシーンと軽快な音楽はまさに対位法である。

授業で観賞したシーンはビリーボーイのメンバーがカジノの廃墟で少女を強姦しようとするシーンから始まる。思いっきり陰毛がスクリーンに登場するのだが、名古屋で初めて見たときには、陰毛はなかったよ。絶対にモザイクで隠されていた。今は、大学の授業で陰毛が観賞できるのである。良い時代になったなぁ。

廃墟となったカジノの大ホールの舞台のロングショットに、ビリーボーイの集団と被害者の女性が写ったぐらいでは、陰毛が確認できる程度である。仮に、クロースアップで陰毛を見せられてもピクリとも来ない。

陰毛が見られるというよりも、無粋なモザイクを見せられることが無くなった。ここに価値があるのだ。

今では常識となった陰毛が社会的に認知されるまでには、長いダークヒストリーがあった。そこに風穴を開けたのが、宮沢りえちゃんである。「Santa Fe」である。

いま、我々が快適に映画を、しかも、オリジナルを鑑賞できるのは、彼女のおかげである。彼女はもっとあがめられて良い。

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