1984年に「1984」を読んだときには、やっぱりSF小説だねぇ、と思ったものだ。ところが、まさにその小説のような世界が20年後に現実になっている。スクリーンを見ているのが為政者ではなく一般人でそのツールを提供するのがgoogleという違いはあるけれど。
昨日あたりからネットで話題のgoogleの「ストリートビュー」。これ、どう考えてもプライバシーの侵害だろう。
グーグルで地図製品担当のプロダクトマネージャーを務める河合敬一氏がインプレスの記事で「法律的に検討した結果、公道から撮影したものであれば、基本的には公開して構わないと考えている」と述べている。考えるなら誰でも考えられる。それを世間や、現在の法律が認めるかどうである。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080805-00000053-imp-sci
2008-Aug-07にキャプチャ
たしかに、公道からなら一般の家庭を撮影しても罪には問われないだろう。しかし、その撮影した画像を誰もが閲覧できる状態にして、住所と共に公開するのはまた別の問題である。皆さんは、自分の家を公開したいですか?
あなたがもし犯罪者で空き巣に入る家を探しているとしたら、「ストリートビュー」はとってもお手軽なシステムだ。家にいながらにして強盗に押し入る餌を物色できるのだ。もちろん、最終的な確認は現地を見るのが必須だろうけれど、その一次リストをつくる手間が大幅に省けるわけですよ。「ストリートビュー」を使えば。
なんかこう、何でも面白ければやって良いという発想が幼稚である。自分の行っていることの社会的影響を真剣に考えているのだろうか。
シンプルなトップページが気に入っていたGoogleで、ホームページタブにも設定していたが、今日限りで削除である。

夏休み11本目の映画はハーバート・ロス監督「マグノリアの花たち」(STEEL MAGNOLIAS, 1989)。この映画は地雷である。自分は病気物の映画に弱い。病気というだけで涙が出てくる。死人が出ようものなら、号泣である。幸いな事に、今は夏休み。家に誰もいないところで観賞したから、恥ずかしい姿を誰にも見られずに済んだが。
それにしても、アメリカ人はさばさばした性格だ。もちろん、そこに至道筋は簡単なものではないだろうが、彼らはあっさりと生命維持装置のスイッチをOFFにして、植物状態の家族と別れることができる。自分ならどうだろう。最愛の人がベットの上に植物状態でいるとしたら。全財産を使い果たすまでそのスイッチを切ることはできない。たとえ意識を回復する見込みがないとしても、自分から別れを切り出すことはできない。
さて、この映画はジュリア・ロバーツの実質上の出世作である。この映画での演技が認められ「プリティー・ウーマン」の主役に抜擢され、後は皆さんご存じの通り。「マグノリアの花たち」では、まだまだ青い演技であるが、その脇をベテラン女優がサポートしているので、とても良い映画に仕上がっている。
その中の一人は、先日観賞した「パンチライン」の主演女優、サリー・フィールド。この人に一家の母親役を演じさせたら、ドンピシャリである。
地雷係数(最大5):○○○○○
この夏12本目の映画はヒッチコックの「暗殺者の家」(The Man Who Knew Too Much, 1934)。サスペンス映画である。DVDパッケージには「各地を巡りながら犯人を追っていくという手法が確立された作品。ヒッチコックを名実ともにサスペンス映画の巨匠に押し上げる契機となった作品である」とある。うーむ。正直、自分にはこの映画のおもしろさがわからなかった。前半は確かに場面が飛んで飛んでサスペンスらしいのだが、後半はグダグダの銃撃戦。これでサスペンスを感じろというのが無理な展開である。
巨匠とあっても、映画初期の作品はグダグダなのだ。
やっつけ銃撃戦係数(最大5):○○○○○